☆菜の花の沖

新装版 菜の花の沖 (1) (文春文庫) 新装版 菜の花の沖 (2) (文春文庫) 新装版 菜の花の沖 (3) (文春文庫) 新装版 菜の花の沖 (4) (文春文庫) 新装版 菜の花の沖 (5) (文春文庫) 新装版 菜の花の沖 (6) (文春文庫)

このふんどし姿の表紙にどうーーーしても抵抗があり、気になりつつも長らく手に取る事のなかった「菜の花の沖」全六巻(司馬遼太郎)。結果的には衝撃的なほどに面白かったし、「小説」として読んだものの中では、この10年で一番心動かされた作品だったかもしれない。歴史小説というのは、その実在した人物に対して思い入れのある人が多く、書かれた作品は激しい批判にさらされることが多い。「史実と違う!」とか。「作者のひとりよがり!」とか。「菜の花の沖」がどういうレビューを獲得しているのかは全く知らないが、私にとっては、そんなものどうでもいい。実際にこの世を生きていた高田屋嘉兵衛という主人公の魂、嘉兵衛のイメージに「小説」という形で新しく命を吹き込んだ司馬さんの想い、そしてこの本を私にすすめてくれた人の心、全部がひとつになって、私にとっての特別な「高田屋嘉兵衛」像を創り上げ、私という人間の一部分となった…。そういう感じ。(自分の文章が熱すぎて怖い)

内容をものすごく短く100字以内にまとめると、「びんぼうな百姓の息子が、船乗りになり、船頭になり、幕府の仕事をするまでに出世するが、ロシアの船に捕まってカムチャッカに連行されてしまい、言葉も通じないのに日露の橋渡しに尽力し、ついに帰国する。」う〜ん、これじゃ、全然面白そうじゃないな〜。最終巻なんて男泣きに(女だけど)泣いたんだけどなぁ。

冒険譚、とか、すごいことを成し遂げた男の話、として普通に読んでももちろん面白いんだろうけど、私はこの嘉兵衛という人の「心の軸足」みたいなものにいたく心を揺さぶられた。この人は自分の耳目を使って、周囲をきちんと観察し、自分の生き方でその人生を生きている。だから、言葉も通じないロシアに無理やり連れてこられても、絶望の淵に追いやられることがない。それどころか、日本とロシアの調停役になってやろうという心意気までみせてくる。結局のところ、こういう人を、「心に愛を持った人」っていうんだろう。「愛」なんて言ったら、嘉兵衛サンは「なんじゃ?!」って言いそうだけど。「あなたのように生きたい。せめて、その心意気だけでも見習います。」実在とはいえ、小説の登場人物なのに、私はそんな風に思ってしまった。


最後に。今、外国語を簡単に学べること、あしたの天気がすぐにわかること、地図がすぐ手に入ること、そこにいたるまでの先人の苦労に、心から感謝をしたい。(熱いな〜、わたし!)