沈まぬ太陽が不毛地帯の白い巨塔を照らす時

ようやく「沈まぬ太陽」を観てきました。もともとは封切り直後に観るはずだったのが都合つかなくなり、買ってしまったチケットを劇場入り口で見知らぬオバサンに売却(そして2割も値切られ)、その翌週には同行者が歯痛を患い中止、ようやく三度目の正直で待ちに待った本日を迎えたわけです。ところが開始時間を10分間違え、少し遅れて入場したら場面は既に事故機への搭乗シーン。3時間半の長丁場、とりあえず夕食のおにぎりを食べねば…と思うも、場面はあっという間に墜落から遺体との対面シーンへと移行。これ、食べられないですよ、おにぎりなんて。BGMがほとんど無いのでガサゴソ音を立てられないというのもあるけど、あまりに不謹慎なんです。モノ食べながら観る映画じゃない。おにぎり2個で、あの事故が日本という国に与えた痛みとインパクトをあらためて意識させられました。
※ちなみにおにぎりは映画の途中に挟まれる10分間の休憩中に無事完食。


山崎豊子作品で読んだのはこの「沈まぬ太陽」と「白い巨塔」、そして「不毛地帯」の3つ。どれもみな「戦う男」のお話です。男女差別をする気はないけれど(えぇ、大学のゼミではジェンダーで論文書いたし)、ここは女コドモの来る場所じゃねぇっ!!!っていう感じなのです。もちろん各小説、重要な役どころとして女性が登場するのだけど、主人公とそのまわりを固めるのはあくまで男。しかも彼らは、不器用なまでにそれぞれの正義を貫く!(だからこそ、物語になり得るんだけどね、、)  
沈まぬ太陽」の恩地元なんて、見ているともう境遇があまりに理不尽(組合活動を頑張りすぎちゃって、報復人事で海外僻地をたらい回し、帰国したら御巣鷹山の事故のお客様係)で胸がえぐられるような。。でも、結局はそうなる原因となる「不器用な熱さ」をもとから内に秘めていた人物だったと思うんだけど。「白い巨塔」の財前五郎ちゃんは一見 血も涙もない悪者風だけど、彼には彼のまっすぐな信念があってそれを貫き続ける。頑張りすぎて、癌の権威にも関わらず癌で無念のうちに死んじゃう。「不毛地帯」の壹岐正は、戦争で心に大きな傷を負ったのに、商社マンに転身してみたらまたしても戦いの日々。しかも戦時よりよほど複雑怪奇な政治戦に巻き込まれ、泥水をすすりながらのし上がる、、、。この主人公たちはまぁ少し誇張されているとしても、男というのは生きてくだけで戦いなんだねぇ〜!としみじみ思います(女にももちろん戦いというのはあるんだけど、それはそれ、ちょっと違う話であって)。だからこそ、戦ってない時の男は少年みたいに子どもっぽいんだな〜とか思ってみたり。(悟り)
女性としては、そんな「戦う男」を癒す女神のような存在でいたいものですね。そう、ワルキューレのように。
ちなみに私は財前五郎が一番好きなんだけど、恩地も壹岐もそれぞれに男として魅力的だと思う。やっぱり男は戦っていないと。(昨今では「男性差別!」とか言われちゃいそうですね、いわゆる「草食系男子」の方に、、、)


すごくどうでもいいのですが(そして山崎豊子ドラマを見てない人には意味不明だと思いますが)、映画「沈まぬ太陽」に、「不毛地帯」の壹岐正のモデルとなった人物が出てきます。まずはそれだけでも映画館の観客に「ちょっとみなさん、わかってる?今ドラマでやってる不毛地帯の人だよ、これ!」と叫びたかったくらいなのですが、ナントその役を演じているのが「白い巨塔」の大河内教授(写真)なの!!!!! っていうか、この役者さん(品川徹さんというらしい)は「不毛地帯」でもヒロインの陶芸の師匠役で出てるんだけど。
沈まぬ太陽」の劇中、品川さんと石坂浩二との会話シーンでは「こここここここれは東教授と大河内教授では!」と心の中で叫んでいたら、同じく白い巨塔ファンの同行者も同じことを思ったらしく、隣で軽く吹きだしていました。全く笑えない映画なのに、、、 恐るべし、品川徹!山崎モノ、全制覇!